Artist Statement

古来より、日本ではさまざまな芸術や意匠において、鯉を立身出世や富、繁栄、愛情などを象徴する縁起物として描いてきました。中国の黄河にある滝を登った鯉が龍になるという故事を由来とし、厳しい関門を突破する際に用いられる「登竜門」という言葉も残されています。また、鯉が公園の池や、日本庭園の池泉を泳ぐ姿を眺めることは、多くの人々にとって小さい頃から親しんだ風景のひとつとしても馴染み深いものではないでしょうか。

鯉に関心を持ち始めたのは、ライフワークのひとつとしている盆栽をモチーフとした制作に関して調べていたことからでした。庭園美術や、自然の縮図としての美術工芸と深い関係のある盆栽と、鯉は深く関係するモチーフであり、リサーチの一環として訪れた小千谷の鯉たちの姿が、本作のモチーフとなっています。そこで得られたイメージは、大海や大空を泳ぐ雄大な龍としての鯉でもあり、また暗い水面下で抗い、もがき、その先へ進もうと奮闘する一匹の魚の躍動的なシルエットでもありました。

はじめは、鮮やかな紋様に覆われた昭和三色や孔雀、黄金色に輝く山吹黄金、印象的な緋斑を有する丹頂紅白などに見る艶やかな色彩に魅了されましたが、撮影を続けるうちに、その斑紋と鱗が描く、まるで筆で描いた抽象画のような、線の流れに注目するようになりました。本作は、朧げながら力強いトーンの中で泳ぎ、躍動する鯉のイメージを、カリタイプと呼ばれる写真の古典技法を応用して再現しています。手作業の跡が感じられるプリントには、鯉の優美さと荒々しさが抽象化され、新たな、またどこか親しみのある視覚体験を楽しんで頂けるのではないかと期待しています。

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